「銀行をこえる銀行へ」。紀陽銀行が描く未来の金融

勘定系システムを「BankVision on Azure」で稼働。パブリッククラウド採用の背景にある思い

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1895年の創業以来、和歌山市を拠点に、地域を支える金融機関として「より多くの地域の人々に貢献すること」に徹してきた紀陽銀行。2018年に「クラウドファースト」を掲げ、全国に先駆けて行内システム基盤のクラウド化を進めDXを推進している。2019年9月には、金融機関の核となる勘定系システムをパブリッククラウド上で稼働する「BankVision on Azure」への移行を最優先とする方針を決定。同行は、以前からBIPROGYが提供するオンプレミス型の「BankVision」を採用していたが、変化するビジネス環境に機敏に対応するため決断に至った。紀陽銀行、マイクロソフト、BIPROGYが一丸となってプロジェクトを進め、2022年10月に稼働を開始。取り組みの背景や舞台裏での思い、未来の金融像について、プロジェクトのキーパーソンである紀陽銀行執行役員の山東弘之氏を迎え、BIPROGYの渡邊弘巳、若佐陽が語り合った。

環境変化に対応するため抜本的にシステムの在り方を見直し

紀陽銀行は「地域社会の繁栄に貢献し、地域とともに歩む」を経営理念として地域とともに歩んできた。同行は和歌山県内68店、大阪府内41店、奈良県2店、東京都1店(2022年9月末現在)を展開し、2018年に「クラウドファースト」を掲げ、行内システムのクラウド化を進めてきた。2021年7月には「DXによる価値共創の実現」をテーマに「デジタルストラテジー」を策定。現在も同ストラテジーに則り、銀行業の高度化・地域のDX推進・高度化人材の育成・確保・展開などさまざまな挑戦を続けている。

紀陽銀行がDX推進に取り組む背景には、少子高齢化や国内の人口減少、コロナ禍による社会構造の変化、働き方の変化など、金融機関を取り巻く多くの環境変化がある。また、和歌山県や大阪府をはじめとする近畿地方では、南海トラフ地震に備えたBCP(事業継続計画)も大きな課題となっている。

写真:山東弘之氏
株式会社紀陽銀行
経営企画部長 関連事業室長
執行役員 山東弘之氏

紀陽銀行の山東弘之氏は、取り組みの背景を次のように説明する。

「2016年のマイナス金利導入以来、金融機関は非常に厳しい環境に置かれています。その中で、事務管理部門、システム管理部門としてできることは何かを考え続けてきました。従来であれば、一番にコストダウンに注目し、システム維持費をいかに下げるかという議論になるでしょう。しかし、個々にできることには限界があります。抜本的なシステムの在り方を検討していく必要があるのではないか、と考えました。この中で、一度にすべての課題を解決することはできないものの、1つずつ課題を丁寧に解決して、地方銀行としてこれまでの歴史の中で培ってきた、“安心・安全な”勘定系基盤を守りながら、新しい仕組みにチャレンジしていくために必要なものを考えました」

従来の銀行システムは、行内で堅牢なシステムを構築し、行き届いた管理(監視)の中で外部からの侵入を防ぐ方法が主流となっていた。しかし、山東氏はあえてクラウドに注目したという。

「昨今のDXの流れを見ていると、クラウドシステムを使って外部システムに預かってもらう手法が主流です。こうした潮流に鑑みつつ、長期的な視点から金融機関のシステムの安心・安全をいかに維持するかがテーマでした。まずは行内で用いる情報基盤などからクラウド化を進めながら知見を蓄えつつ、準備を進めていきました。2021年7月に発表したデジタルストラテジーはその集大成。これまでの決意表明を結実させることができました」

紀陽銀行が掲げるデジタルストラテジービジョン

図版:紀陽銀行が掲げるデジタルストラテジービジョン

2021年2月にはBIPROGYと包括連携協定を締結。DXの取り組みを加速させた。BIPROGYファイナンシャル第三事業部営業一部部長の若佐陽(あきら)はこう振り返る。

「地域を支える紀陽銀行さまに対して、私たちに何ができるかが大きなテーマでした。この中で、コスト削減に資することはもちろん、これから地銀が投資をしていく領域は変わっていくのではないかと考えたのです。つまり、現在主流となっているSoR(※1)領域から、より顧客接点を持てる地域のDX支援に対する投資が増えていくということです。この視点を出発点として紀陽銀行さまと日々ディスカッションを重ねる中で、ご支援できる機会が増えていき包括連携協定を結ぶ流れとなりました」

  • ※1Systems of Record:会計・経理や人事などのシステム
写真:若佐陽
BIPROGY株式会社
ファイナンシャル第三事業部
営業一部 部長 若佐陽

万が一に備えた緊急訓練も。入念な検証を経て安定稼働へ

紀陽銀行では、山東氏が語ったように2018年にシステム・インフラ基盤の老朽化に伴う従来のグループウエアシステムの更改タイミングに合わせ、クラウドサービスである「Microsoft 365」を導入。リモートコミュニケーションの活用など行内の情報を柔軟に活用できる働き方や業務改革に成功した。この折に、BIPROGYの渡邊弘巳(ファイナンシャル第三事業部事業部長)は、3~5年後のテクノロジーがどうなっているのかについて、「Technology Foresight」に基づいて紀陽銀行にプレゼンしている。山東氏は当時を次のように語る。

「5年後には『世の中のシステムはクラウドが当たり前になっている』という視点が印象的でした。当時は、インターネットバンキングを筆頭に金融機関でもクラウド基盤を用いる動きが始まっていたものの、地方銀行では各システムベンダーが作ったプライベートクラウドを使うケースがほとんど。データセンターがあって、そこにサーバーを置いてシステムがある状態です。渡邊さんのプレゼンを踏まえて『紀陽銀行では勘定系システムもAzureの上に置きたい』とその頃から話をしていました。他行からは『よくそんなことを考えますね』と驚かれました。実際に5年経って、予見した世の中になっていると思いますし、あの時Azureへの移行を決断し、一歩ずつ着実に取り組みを進めていなかったら、他行に先駆けてのクラウド化は実現できていませんでした」

写真:渡邊弘巳
BIPROGY株式会社
ファイナンシャル第三事業部
事業部長 渡邊弘巳

紀陽銀行のBankVision on Azureへの移行推進について、渡邊は次のように思いを話す。

「歴史ある地銀が勘定系システムをクラウドに移行することは、非常にチャレンジングなことです。しかし、それ以上に多様化する顧客ニーズなどへの対応はもちろん、行内の情報共有の質や精度を高めることで、部分ではなく全体として銀行業務をとらえることができる点が大きなメリットです。そこで蓄積された知財やスキルをベースにして、地域で頑張る企業のDX支援にも貢献できるのではないかと考えています」

しかし、金融機関の要たる勘定系システムに失敗は許されない。紀陽銀行、マイクロソフト、BIPROGY3社による移行プロジェクトは高い緊張感の中で進められていった。山東氏はこう振り返る。

「勘定系システムは大きく分類すれば、預金、融資、為替決済の機能でできています。クラウドならではの課題は大きく、各種機能を踏まえた複雑なトランザクションへの対応やセキュリティの確保、障害発生時の対応など、ミッションクリティカルなシステムであるが故に課題への対応にはかなりの時間を費やしました。ギリギリまで『もしかしたら移行を仕切り直して元に戻したほうがいいのでは……』という課題と格闘する日々が続きました」

プロジェクトの全体像(イメージ)

図版:プロジェクトの全体像(イメージ)
紀陽銀行では、2010年にオンプレミス型の「BankVision」を導入。
同システムは、ミッションクリティカルな銀行業務に要求される高い可用性や処理能力を発揮し、導入後の機能追加やサブシステムとの連携を容易にする点が大きな特徴だ。「BankVision on Azure」では「安定性」・「高信頼性」の特長はそのままに、パブリッククラウドプラットフォームである「Microsoft Azure」で稼働し、「高い柔軟性」、「拡張性」および「コスト優位性」を有している

数多くの検証を経て、関係者間で確信を持って移行できると判断したのが2022年7月。その後の検証で大きな課題も発生しなかったことから、稼働開始を10月に定めた。稼働から、2023年の3月で約半年となる。

「紀陽銀行さまが検証段階で品質改善プランをしっかり立てて試行錯誤を続けたからこそ、品質改善や、現在の安定稼働につながっています。私たちも紀陽銀行さまの思いに応えるため、システムの精度を高めるべく米国のマイクロソフト担当者と粘り強くコミュニケーションもとりました」と渡邊は話し、それを受けて若佐はこう続ける。

「クラウドだからできない、ということは一切言わずに、Azureでもしっかり動かすことに力点を置いて進めました。マイクロソフトも丁寧に対応してくれました。同社がAzureの品質を高め、私たちは、万が一障害が起こってもお客さまへの影響を抑制する仕組み作りや、早期に復旧できる支援体制を十全なものにしていく形でプロジェクトを着実に進めて行きました」

リリース直前には、本格稼働後の障害を想定し、ATMコーナーへの駆け付け訓練について全行を挙げて2回実施。山東氏は「万が一、休日にシステムが止まった場合に対応できるかという検証も営業店を含め行員全員の力を借りて実施しています」と語る。入念な検証の甲斐もあり、稼働開始以降、大きなトラブルは起こっていない。

BankVision on Azureのさらなる進化を通じて新たな付加価値創造に挑む

「稼働後、一定程度の障害は起こり、それをみんなで乗り越えていくのだろうと予想していました。しかし、驚くほど何も起こらず、安定稼働しています。Azureへの移行を経て、将来をより鮮明に考えていくための素地が整い、その手応えを多くの行員が感じています。今後、いかにデータを利活用していくのか、APIをどう活用していくのか、お客さまにどう還元していくのか、ディスカッションを続けていきたいと思います」と山東氏は話す。

プロジェクトを経て、渡邊は今後への思いをこう語る。

「BankVision on Azureがこれからどのように新たな付加価値を提供し、次の進化をどうやって遂げていくのか。その未来に期待しています。今回のプロジェクトを経て、紀陽銀行さまとともに新しい世界観を創っていく、そんなスタート地点に立てた気がしています。10月のリリース以降も絶えず進化が続いています。SoRの領域だけでなく、SoE(※2)、SoI(※3)領域にあるシステムや、今のアセットをどのように使っていけるのかにも挑戦していきます」

  • ※2System of Engagement:顧客や取引先との結びつきを強化するなど目的として用いられるシステム
  • ※3System of Insight:顧客行動のデータからニーズを分析し、購買行動などを把握するシステム

プロジェクトを通じて得た知見も踏まえつつ、2023年2月には、BIPROGYは「ファイナンシャル・サービスプラットフォーム」の提供に向けた検討を本格的に開始した。各種の金融ソリューションをAPI活用によってつなぎ、データの一元管理や顧客分析、地域特性に応じた多様な分析などが実現されるという。これらの機能拡充を通じて、消費者や法人取引先との間でCX(顧客体験)による深いつながりを生むサービスの構築やマルチクラウド環境で高い信頼性を持つ新しい勘定系システムをはじめとした、各サービスのロードマップを提供していく予定だ。

「このプラットフォームにおいては、例えば、預金口座の入出金などの情報をリアルタイムに近い形でクラウド上に保持できます。情報が迅速に共有されることで、金融機関と顧客(消費者や法人取引先)のタッチポイント強化に向けたソリューションを強化できるでしょう。こうした新たな価値創造に向けて紀陽銀行さまと一緒に検討していきたいと考えています。これはクラウド化が実現したからこそ出せる価値の1つ。私たちが目指すのは、地域をどうよくしていくかです。紀陽銀行さまが大切にされるビジョンをさらに深く共有し、ともに未来を創造していきたいと考えています」 (渡邊)

一つひとつを丁寧に。変わらぬ想いで地域とともに歩み続ける

紀陽銀行の今回のプロジェクトは、多くのメディアで取り上げられ、他行でも同様の動きが広がりつつある。若佐は「紀陽銀行さまで安定稼働している姿が、他行にとって勉強になったり、自分たちもやってみようと考えるきっかけになったりしています。すでに移行を決めスタンバイされている銀行もあります。今後も紀陽銀行さまへの伴走支援を通じて、その輪を広げていければと考えています」と明日を見据える。

最後に、紀陽銀行が目指す未来への展望を山東氏に聞いた。

「お客さまの利便性や満足度をさらに高めるため、今回のクラウド移行はもちろん、APIなどによるシステム連携を深めながら付加価値型のバンキングサービスを目指していきます。また、『お客さまからDXをどう進めればよいのか』という相談も増えています。紀陽銀行としてより深くDXにも取り組み、それら知見を地域のお客さまへ還元していきます。未来を見据え、こうした営みの一つひとつに丁寧に取り組んでいくことで、地域のお客さまに対して信用創造、機会提供を実現していきたい。我々のチャレンジには、オンプレ当時から永らく培ってきたBankVisionの稼働安定性が基礎としてあることはいうまでもありません」

「銀行をこえる銀行へ」と歩みを進めていく紀陽銀行――。BIPROGYはその挑戦を支えていく。

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